西田敏行(にしだ としゆき)さんは2024年10月17日に自宅で亡くなっていることが発見されたことが大きな話題になっていますが、別居していたのではないかという噂も出ています。
西田敏行さんと奥さんである寿子さんは非常に仲の良い夫婦というイメージがありますが、なぜ別居説が出ているのでしょうか。
そこで今回は、西田敏行さんが自宅で亡くなってしまっていたときに妻・寿子さんはどこにいたのか、家族と別居はデマなのか、プロフィールなどを紹介していきたいと思います。
この記事で分かることはこちらです。
- 西田敏行の妻はどこにいたのか
- 西田敏行と家族の別居説はデマなのか
- 西田敏行のプロフィール
西田敏行の妻はどこにいた?
西田敏行さんと奥さんである寿子さんは夫婦仲はかなり良好だったと言われていますが、なぜ別居説が出ているのでしょうか。
西田敏行さんと妻である寿子さんに別居説が出ているのは、自宅で亡くなっているのを最初に発見したのが奥さんではなかったからのようです。
では、奥さんである寿子さんは一体、どこにいたのでしょうか。
西田敏行さんの奥さんである寿子さんが2024年10月17日にどこにいたのかは具体的には明らかになっていませんが、仕事のために外出していたのではないかと言われています。
妻・寿子さんは西田敏行さんの個人事務所の代表を務めていることが明らかになりました。
西田敏行さんの個人事務所の代表となると、かなり忙しそう
モリさん
そのため、奥さんである寿子さんは別居しているため家にいなかったわけではなく、仕事のために外出していた可能性が高く、別々に暮らしているという証拠などもないため別居していた可能性は低いのではないでしょうか。
妻・寿子さんは自分がいれば西田敏行さんの異変に気づくことができたと、かなり精神的なダメージを受けているそうなので、別居説のような変な噂が1日でも早くなくなることを祈るばかりです。
西田敏行と家族の別居説はデマ!
西田敏行さんが自宅で亡くなっているときに外出していたため、家族と別居していたのではないかという噂が出ていますが、それはデマである可能性があります。
西田敏行さんと妻・寿子さんの別居説がデマであるという理由はこの2つです。
- 理由①:夫婦仲がかなり良いから
- 理由②:献身的なサポート行なっていたから
それでは、西田敏行さんと妻・寿子さんの仲の良さがわかるエピソードを紹介していきたいと思います。
理由①:夫婦仲がかなり良いから
今でこそ、芸能界を代表する俳優の1人となった西田敏行さんですが、若かった頃はかなり苦労したそうで、それをずっと支えていたのが妻・寿子さんです。
妻・寿子さんは劇団に所属して女優を目指して頑張っていましたが、西田敏行さんと同棲をしたことをきっかけに夢を諦め、生活していくためにいくつものバイトを掛け持ちしていたそうです。
自分の夢を捨てて、アルバイトを掛け持ちするなんて中々できないよね
モリさん
西田敏行さんは結婚してから3年後にようやくブレイクすることができ、1977年10月にマイホームを手に入れることができるようになり、妻・寿子さんに女優を目指すことを提案しました。
しかし、妻・寿子さんはその提案を断り、西田敏行さんの俳優人生を支えていく道を選んでいます。
このエピソードからも分かるとおり、西田敏行さんと妻・寿子さんの夫婦仲はかなり良いので、別居説はデマではないでしょうか。
理由②:献身的なサポート行なっていたから
ブレイクし、良い暮らしができるようになった西田敏行さんと妻・寿子さんですが、次はケガと病気と闘うことになってしまいます。
これまでに西田敏行さんはこれらの病気を患っていました。
2001年11月:頸椎症性脊髄症
2003年3月:心筋梗塞
2016年2月:頸椎亜脱臼
2016年4月:胆のう炎
西田敏行さんはこのようにこれまでに大きなケガ・病気を経験しており、妻・寿子さんがリハビリや日常生活をサポートしてきました。
2016年2月に西田敏行さんが首を傷め、頸椎亜脱臼をした時のリハビリに妻・寿子さんが付き添っている姿が目撃されています。
西田敏行さんはずっと体調が優れなそうな感じがあって心配だった
モリさん
そんな体調でも西田敏行さんが俳優として活動できたのは、妻・寿子さんが塩分量を気にしたりし、食事面からもサポートしたことが大きかったと言われています。
妻・寿子さんは西田敏行さんの個人事務所の代表を務め、このように献身的にサポートしてきた経緯を踏まえると、2人が別居していたという可能性は低いのではないでしょうか。
西田敏行プロフィール
芸歴が50年を超えるベテラン俳優の西田敏行さんですが、どのようなプロフィールの持ち主なのでしょうか。
『ドクターX~外科医・大門未知子~』や『釣りバカ日誌』シリーズに出演してきた西田敏行さんのプロフィールはこのようになっています。
名前:西田 敏行(にしだ としゆき)(旧姓:今井)
出身地:福島県郡山市
生年月日:1947年11月4日(76歳)
身長/体重:168cm/75kg(公称)
血液型:B型
所属事務所:オフィスバック
主な出演作:『ドクターX~外科医・大門未知子~』シリーズ/『釣りバカ日誌』シリーズ/『八重の桜』/『鎌倉殿の13人』/『八代将軍吉宗』など
西田敏行さんは中学卒業後に上京し、明治大学に進学しますが、退学しています。
その後、本格的に役者になることを目指した西田敏行さんは、劇団『青年座』に入団し、舞台「情痴」でデビューを果たしました。
西田敏行さんは俳優としてだけではなく、歌手としても活躍しており、1981年には『もしもピアノが弾けたなら』が大ヒットしています。
以降は、数々のドラマ、映画、舞台に出演していき日本を代表する俳優と呼ばれるまでに有名になりました。
まとめ:西田敏行の妻はどこにいた?家族と別居はデマ!
今回は西田敏行さんが亡くなった時に妻・寿子さんはどこにいたのか、家族と別居説はデマなのかについて詳しく調査してきました。
2024年10月17日に西田敏行さんが自宅で亡くなったときに妻・寿子さんは外出しており、このことが原因で別居説が流れているようです。
妻・寿子さんはどこにいたのかは明らかになっていませんが、仕事のために外出していたと言われているので、別居していたわけではないようですね。
別居説が流れている西田敏行さんと妻・寿子さんですが、2人は非常に仲の良い夫婦であり、ケガや病気をしていた時に献身的にサポートしていたことからも、噂はデマなのではないでしょうか。
妻・寿子さんは西田敏行さんが亡くなってしまったことでかなりダメージを受けていると思いますが、1日でも早く元気になって欲しいですね。